ほんの少しの勇気と行動力

  1. 自分が本当は何をしたいのか?
  2. どうしたら自分の悩みから脱出出来るか?
  3. 本当の自分探しとは?
  4. 運命は変えられますか?

1〜3は、ほんの小さな切っ掛けと
気付きの問題、
そして4の答えはYesです。 
例え自分が忌み嫌っている性格、環境、一見八方塞な問題であっても、意識さえすれば、ほんの少しの勇気と行動力さえあれば必ず改善されて行きます。

森川 とうこ(瞳子)
Morikawa Touko:プロフィール

森川 瞳子は長年に渡り、日本、海外にて活躍。 先祖代々女性だけに継承されていくその力とは? 祖母、母、本人、今では娘へと移行し始めている才能とは? 的確なアドバイスは人種性別を問わず、あなたの良き道標となるでしょう。

幼少の頃より培われて来たその特性は、サイキックからカウンセラー、ライフアドバイザーと形を変え、その実績はオーストラリア、シドニー時代だけで10年をゆうに超えています。 他にも色々な国に滞在、斯く斯くの経験を経て、ニューヨークは取り分け履歴の代表的な場所の一つです。

7年前に帰国、一旦は引退したものの、宣伝活動を一切していないにも関わらず、多くの方々から依頼が飛び込んで来ます。 特徴としては、占いが殆ど女性のものであった昔とは異なり、男性が半数近くを占め、その殆どがリピーターであり、彼らが口コミで自分の友人を紹介して行くパターンが大半となっています。

1953年、秋田県の小さな田舎町で出生


瞳子は1953年、秋田県の小さな田舎町で出生、海と山に挟まれた豊かな自然に育ち、霊感士としての資質を母親を通して学んで行く。 7歳の時に父親の転勤にて一家は神奈川、横浜へと移り住む。 そしてその頃から、周囲の人々を驚かせる数々のエピソードを増やして行きました。 当の本人は寧ろそれらを持て余し、無口で内気な少女時代、目立たないことに始終気を注いでいました。

ご縁という言葉が全ての問題を帳消しにしてしまう


ところが人生とは皮肉なもの、無口で人混みが苦手だった自分が、19歳でひょんなことからタレント・デビュー。 テレビ、映画、雑誌などに頻繁に登場するようになると、当時の同級生は、まさか信じられないと一斉に口を揃えて驚きました。 
そう、人は或る日突然に変われるのです! しかしそのタレント業も結婚を機に卒業。 
21歳でアメリカ人と電撃結婚。 誰も祝福しない結婚でした、互いに運命を感じたとしか表現出来ません。 国際結婚の何たるかを経験、決して容易くはなかったけれど、ご縁という言葉が全ての問題を帳消しにしてしまうのが家族の絆、強い力でしょうか。 日本の学校に一度も通ったことのない娘が一人、密度の濃い、たった3人の仲良し家族です。

1996年、夫の関連でシドニーに赴く


1996年、夫の関連でシドニーに赴く、ライフアドバイザーとして活躍。 在豪日本人ばかりではなく、多くのカウンセリングを熟す。 ワーキングホリデーなど若者のトラブル、命の電話、数々のボランティア。 得意の柔道で、シドニーの女子高、生徒達に護身術を手解きしたりもしました。  
時には警察捜査のお手伝いで本領発揮。 一見突飛に見える語り口は真っ直ぐで、自分をシドニーの母と呼ぶ人が多いことからも、大いに実績を残したと考えています。 その他の国はページが足りないので省略させて頂きます。